熊野詣の湯処【湯の峰温泉】源泉かけ流し|世界遺産のつぼ湯を訪ねて
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湯あがり ぽか子
温泉大好き40年のベテラン。「一湯一会」を逃さないために、常に手ぬぐいを持ち歩いています。長年の経験で、お湯を触っただけで大体の泉質がわかる特技を持ちます。温泉好きが高じて、温泉ソムリエ・温泉観光アドバイザーの資格を取得。日本の宝である「温泉文化」を皆さんにお伝えできることが喜びです!
熊野本宮大社の門前町として知られる和歌山県田辺市本宮町。その山あい、熊野川の支流沿いに湯けむりを上げるのが湯の峰温泉です。
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として名を連ねるこの温泉地は観光地としての華やかさよりも、長い時間をかけて人々の祈りと暮らしを受け止めてきた静けさを宿しています。
熊野詣の道すがら、身体を清め、心を整えるために浸かった湯。
その役割は今も変わらず、訪れる人を急かすことなく迎え入れてくれます。
湯の峰温泉で過ごす時間は旅の途中に立ち止まり、土地の記憶にそっと身を預けるためのひとときです。
目次
熊野本宮大社と大斎原へ。聖地の空気を浴びる寄り道

出典:フォトAC
山あいの道を進み熊野川の流れが近づくころ、空気の質がふっと変わるのを感じます。
杉木立に包まれた境内に佇む熊野本宮大社は、熊野詣の中心地として古くから人々の祈りを受け止めてきた場所です。
社殿へ向かう足取りは自然と静まり、深く息を吸い込むたびに心のざわめきがほどけていきます。
参拝のあとに立ち寄りたいのが熊野川と音無川に囲まれた中州に広がる大斎原。かつて社殿が置かれていた聖地で、広々とした原野と大鳥居が言葉を超えた余白を与えてくれます。
何かを願うというよりもただその場に立ち、風や光を受け止める時間。
目的地へ急ぐ前にあえてこの寄り道を選ぶことで旅の軸が静かに整っていきます。
熊野本宮大社と大斎原で浴びる聖地の空気は、その後に続く時間の質までも穏やかに変えてくれるはずです。
世界遺産「つぼ湯」熊野の奥で、湯と一対一になる時間

出典:フォトAC
熊野の山あい、湯の峰温泉の集落にひっそりと佇むつぼ湯は、世界遺産にも登録された小さな共同浴場です。
川沿いに建つ素朴な小屋の中には、浴槽がひとつだけ。
決められた時間に貸し切りで利用する仕組みのため、湯と向き合う時間は自然と静かなものになります。
扉を閉め、湯に身を沈めると外の音は遠のき、聞こえてくるのは湯が満ちる気配と川のせせらぎだけ。
源泉かけ流しの湯は日によって色合いが変わることでも知られ、その変化さえもこの場所では特別な出来事として受け止められます。
誰かと語らうための湯ではなく、自分自身の呼吸や感覚に耳を澄ませるための湯。それが、つぼ湯の本質です。
熊野本宮大社への参拝や大斎原を歩いたあとに訪れると、身体だけでなく、心の奥まで静かに整っていくのを感じます。
つぼ湯で過ごすひとときは、旅の中の寄り道でありながら熊野という土地の記憶に深く触れる体験として長く心に残っていくでしょう。
湯の峰温泉公衆浴場「くすり湯」で味わう源泉かけ流し

出典:熊野本宮観光協会
熊野の山あいに湯けむりを上げる湯の峰温泉の中心にある公衆浴場「くすり湯」は、この地の温泉文化を今に伝える存在です。
集落の暮らしに溶け込むように建つ浴場は観光施設というよりも、長く人々の身体を支えてきた“日常の湯”としての佇まいを残しています。
浴槽に注がれるのは加水や循環に頼らない源泉かけ流しの湯。
湯の峰温泉ならではの成分を含んだ湯は、肌に触れた瞬間からじんわりとした熱が身体の奥へと広がっていきます。
派手な演出はなく、ただ湯の力に身を委ねるだけの時間が自然と呼吸を深くしてくれます。
湯の峰温泉公衆浴場「くすり湯」は熊野という土地が育んできた源泉の力を飾らず、まっすぐに味わえる場所として旅人を迎えてくれるでしょう。
湯の峰温泉名物・温泉卵。湯にゆだね、待つ時間も味わう

出典:フォトAC
熊野の山あいに湧く湯の峰温泉では温泉そのものだけでなく、湯の恵みを日常の中で味わう文化が今も息づいています。
その象徴ともいえるのが、温泉街の一角に設けられた湯筒で作る温泉卵です。
川沿いに立つ湯筒に卵を沈め、静かに待つことおよそ10分。源泉の熱だけで火を通した卵は白身はやわらかく、黄身はとろりとした食感に仕上がります。
特別な調理をするわけではなく、湯にゆだねるだけ。その素朴さこそが、湯の峰温泉らしい魅力といえるでしょう。
湯上がりに手にした温泉卵を頬張ると、身体の内と外から同時に温まっていく感覚があります。
参拝や散策の合間に味わうこの一品は食事というよりも、湯の余韻をもう一度確かめるための時間。
温泉卵は湯の峰温泉という土地の記憶を静かに舌へと残してくれます。
湯の峰温泉の源泉かけ流し温泉の概要

出典:フォトAC
熊野本宮大社の門前に湧く小さな湯の里で、つぼ湯・くすり湯・湯筒が生活の導線上に寄り添います。源泉が直接注がれる共同湯の素朴さと、路地に漂う湯けむりや蒸気の音が、歩幅をゆっくりにしてくれます。
宿と外湯を行き来するだけで“湯のある暮らし”へ自然に溶け込み、朝昼晩で湯の体感が少しずつ表情を変えます。旅程にゆとりを残すほど、湯の峰温泉 源泉かけ流しの個性がくっきり浮かび上がるのを感じました。
泉質は主に含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉(硫化水素型)。
効能は神経痛、関節痛、慢性皮膚病、切り傷、やけど、糖尿病、慢性消化器病、冷え性、疲労回復、婦人病です。
源泉温度は約70〜90℃前後で、pH値は約6.2〜6.8の弱酸性〜中性。
湧出量は施設により差異ありの世界遺産つぼ湯を擁する日本最古級の湯治場、硫黄香と日によって色味が変わる湯、湯筒での温泉ゆで体験、宿と共同湯の源泉かけ流し文化が特徴の温泉です。
旅の余韻

出典:熊野本宮観光協会
湯を離れ温泉街の小径を歩くと、山あいの空気がゆっくりと身体に戻ってきます。
川のせせらぎと湯けむりが混ざり合い、時間の境目が曖昧になっていく感覚。
湯の峰温泉で過ごしたひとときは強い印象として刻まれるというよりも、呼吸の深さや足取りの軽さとして、あとから静かに現れてきます。
温泉卵の素朴な味や、湯に身を沈めたときのぬくもりがふとした瞬間に思い出されるのです。
熊野の奥で湯に触れた記憶は日常へ戻ったあとも心のどこかで湯けむりを上げ続けます。
忙しさの合間に立ち止まったとき、その余韻がそっと背中を押しまた歩き出すための静かな力を与えてくれるでしょう。



