古くは「出雲国風土記」にも登場!玉造温泉の歴史を探訪


更新日:2021年4月26日

島根県松江市にある「玉造(たまつくり)温泉」は、天平(てんぴょう)時代の「出雲国風土記(いずものくにふどき)」にも記されているほど、日本でも最古の歴史を誇る温泉です。 また、玉造の名前に由来する「勾玉(まがたま)」にも、古事記に登場するスサノオノミコトに関連した歴史的な話が残されています。 今回は、そんな歴史情緒あふれる玉造温泉を紹介します。

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玉造温泉の由来

玉造温泉は島根県松江市玉湯町玉造(旧出雲国)に位置し、平安時代から三名泉とされてきました。その規模や歴史から島根県随一の温泉です。

また、城崎(きのさき)温泉、皆生(かいけ)温泉、三朝(みささ)温泉と共に山陰を代表する温泉地でもあります。

では、日本でも最古の歴史を持つ玉造温泉の名前の由来はどこにあるのでしょうか。

玉造という名は青瑪瑙が関係

「玉造」の名前は三種の神器のひとつとされる八尺瓊勾玉(さやかにのまがたま)がこの地で造られていたことが由来とされています。

玉湯町近くには花仙山(かせんざん)といわれる山があります。

「青」「紅」「白」の三色全ての瑪瑙(めのう:石英・玉髄・蛋白石の混合物。帯状の美しい色模様をもつ)が採掘できるという貴重な山です。中でも青瑪瑙(あおめのう)は「出雲石」と呼ばれており、新潟の翡翠(ひすい)と並ぶ有名な国産石となっています。

花仙山の麓(ふもと)には玉作りの集落が50以上あったとされ、温泉付近でも工房跡や遺物が多く発見されました。

はじまりは奈良時代より以前 玉造温泉の築き

玉造温泉は、733年の「出雲国風土記」に既に記されていますから、奈良時代初期かあるいはそれよりも前の古墳時代から既に温泉が築かれていたともいわれています。

733年「出雲国風土記」完成時にはすでに温泉地としての賑わいも

玉造温泉は733年の「出雲国風土記」にも「いで湯に一度入ると容姿が美しくなり、再び入れば万病が治る」と綴(つづ)られています。

そのため、玉造温泉は「神の湯」と呼ばれ、湧き出す湯には老若男女が集い賑わっていたことが記されています。

清少納言の「枕草子」でも玉造の名で登場

玉造温泉は「神の湯」と呼ばれ、平安時代には京の都にもその噂が広がったとされています。

その噂は清少納言の耳にも届き、「枕草子」にも玉造の名前で登場しています。

鎌倉時代 賑わう玉造温泉は川の氾濫で見るも無残な姿に

奈良時代から賑わっていた玉造温泉。鎌倉時代の終わりにその姿は一変することとなりました。

鎌倉時代の終わりに近くの川の氾濫により川辺の出湯は洪水で埋まってしまったとされています。その後、江戸時代まで玉造温泉の歴史は空白となります。

江戸時代「湯之介」を筆頭に再興へ

江戸時代になると、松江藩は泉質が良くて環境に恵まれた玉造温泉に別荘「お茶屋」を設け、代々の藩主が静養に訪れるようになりました。

当時、湯処には温泉の管理者である「湯之助」が松江藩より任命。玉造温泉でも元湯・公衆浴場の管理や湯賃の取り立てなどを湯之助が任されていて大きな力を持ち、玉造温泉の一切を取り仕切っていたといわれています。

江戸時代以降の玉造温泉の復興にとって湯之助は、なくてはならない存在だったといえます。

玉造温泉はなぜ勾玉の街なのか、勾玉との関係性

島根県の各地にはお土産として「勾玉」(まがたま)をよく見かけますが、なぜ勾玉の街になったのでしょうか。

玉造の由来にもあった玉湯町近くの花仙山には、三色全ての瑪瑙が採掘できました。中でも青瑪瑙は「出雲石」と呼ばれていたほど貴重なものとされています。

その青瑪瑙によって造られた勾玉によって、玉造は勾玉の街といわれるようになりました。

島根は古代より勾玉の生産が盛んな土地であった

史跡公園のある宮垣地区は、昭和44年と46年に発掘調査が行われ、30棟近くの玉作り工房が見つかりました。そこには原石や未完成の玉、玉みがきの砥石、穴あけ用の鉄製ドリルなどが出土し、この地域で玉作りを一貫生産していたことが明らかになっています。

勾玉とは、古代の日本における装身具のひとつで、語源は「曲がっている玉」からきているといわれています。

古事記に登場するスサノオノミコトは、この地を訪れ玉作りの祖といわれるクシアカルタマノミコトに出雲石で作った八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を献上しましています。

花仙山の良質な瑪瑙で作られた瑪瑙細工は、出雲国造と大和朝廷に献上することを許され、全国に広まったとされています。

現在もなおその伝統は受け継がれる

大変希少な石である出雲石は、2012年におよそ50年ぶりに採掘が行われ、約2トンもの瑪瑙原石が採掘されました。それらは全て勾玉伝承館が買取り、出雲型勾玉を制作しています。

勾玉伝承館は宍道湖畔(しんじこはん)のほとりにあり、工房では現役の職人が今も出雲型勾玉の制作を行っています。勾玉伝承館は松江や玉造温泉にも近く、1階が勾玉作り工房やお土産を販売し、玉作りの体験もできます。

玉造温泉の歴史的おすすめスポット

奈良時代からの古い歴史を持つ玉造温泉には、歴史的な史跡や神社が存在します。

ここでは玉造温泉の歴史的スポットといわれる2つの場所を紹介します。

公園全域が国の史跡となっている出雲玉作史跡公園

出雲玉作史跡公園(いずもたまつくりしせきこうえん)は、島根県松江市玉湯町にある考古遺跡の保存と公開を目的にして整備された公園です。また、公園全域が国の史跡に指定されている珍しい公園でもあります。

この公園は勾玉や管玉(くだたま)の生産地として栄えた花仙山の麓で、玉造温泉街を見下ろす玉湯川右岸の丘陵にあります。

遺跡からの出土品は、玉作湯神社や公園に隣接する出雲玉作資料館に保存・公開されています。

出雲国風土記に登場する玉作湯神社

玉作湯神社(たまつくりゆじんじゃ)は島根県松江市玉湯町玉造にある神社で、温泉街の奥に位置し、「玉作神(たまつくりがみ)」と「湯神(ゆがみ)」の二元的性格を持っています。

御祭神は八尺瓊勾玉、温泉守護の神である大名持命(おおなもちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られています。

出雲国風土記に登場する玉作湯神社の境内には「真玉」が置かれていて、触れて願うことで願い事が叶うとされ、パワースポットとして多くの参拝があります。

いまも歴史漂う玉造温泉の旅に出かけよう!

玉造温泉の名前の由来は古墳時代や奈良時代に遡り、「勾玉」はこの地域で古くから作られています。

玉湯町近くにある花仙山は、三色全ての瑪瑙が採掘できる貴重な山があり、中でも青瑪瑙は「出雲石」と呼ばれていて希少なものです。

そうした古い歴史を漂わせる玉造温泉に浸りながら、古墳時代に思いを巡らせる旅をしてみてはいかがでしょうか?