徳川家康とも関係の深い!鬼怒川温泉の歴史を辿る

更新日:2020年11月13日

鬼怒川(きぬがわ)温泉は、江戸時代の徳川綱吉の時代に発見され、明治初期までは幕府の大名や僧侶といった特別の人が浸かっていました。 鬼怒川温泉の名称は、最初は滝温泉や麻屋(あさや)温泉と呼ばれていました。今回は鬼怒川の名称がついた由来や、徳川家康を祀った日光東照宮や華厳の滝について紹介します。

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東京の奥座敷と呼ばれる「鬼怒川温泉」とは?

栃木県日光の鬼怒川温泉は、関東屈指の温泉地として知られ、東京の奥座敷(おくざしき)と呼ばれるほど観光スポットも充実しています。

1691年に発見!当時は鬼怒川ではなく「滝温泉」だった

鬼怒川温泉の歴史は1691年の発見から始まりますが、当時は徳川綱吉の時代で、生類憐れみの令が出された時代でした。

その当時は鬼怒川温泉ではなく「滝温泉」と呼ばれ、やけどに効果があることで有名になっていたそうです。

鬼怒川温泉の「鬼怒川」の由来は4つ

鬼怒川温泉の名称の由来には以下の4つがあります。

・昔、毛野国(ねぬのくに)に流れていた毛野川(けぬかわ)がなまって鬼怒川になったという説
・名前のとおり鬼が怒るように荒々しい川の流れから名付けられたという説
・昔、絹村でよく絹を洗っていたことから絹の川から、鬼怒川となったという説
・鬼怒沼が水源であることから、鬼怒川と呼ばれるようになった説

どれが真実かは分かりませんが、どれも真実味にあふれています。

過去には一部の人々しか温泉に浸かることができなかった。一般化されたのはいつから?

鬼怒川温泉は、江戸時代までは幕府の大名や僧侶といった一部の人たちしか浸かることができませんでした。

現在のように、一般の人たちも入れるようになったのは明治時代になってからです。そこにはどんな理由があるのでしょうか。

江戸時代は大名や僧侶の入浴だけが認められていた

鬼怒川温泉は1751年ごろから幕府の「日光奉行」という役職直轄となり、日光にお参りに来た大名や日光山の僧侶たちだけが浸ることができる温泉でした。

当時の鬼怒川温泉は、江戸と会津若松を結ぶ宿場町として栄え、鬼怒川の左岸だけに温泉があったようです。

鬼怒川温泉が一般化されたのは明治時代

明治時代になってはじめて、鬼怒川温泉は一般化されています。その頃はまだ栃木県ではなく日光県と呼ばれ、現在のような観光地の温泉というよりは、身体を癒すための湯治場として利用されていました。

今のように鬼怒川温泉が観光化されたのは、1991年(大正8年)に、水力発電所建設のための資材運搬用に作られた下野軌道(今の東武鉄道)が開通し、その後旅客の運ぶようになってからでした。

その頃から新たな源泉も発見されるようになり、温泉宿も増えてきて1927年(昭和2年)には、西東の温泉を合わせて鬼怒川温泉と呼ばれるように。温泉地として広く知られるようになったのはこの頃からです。

鬼怒川温泉が半分に?西が「滝温泉」・東が「麻屋温泉」と称されていた

一般公開されはじめた明治時代の鬼怒川温泉は、西岸と東岸で名称が違っていて、西岸を滝温泉、東岸を麻屋温泉と呼ばれていました。

麻屋温泉の由来は、「あさやホテル」の創業時が「麻屋旅館」だったことからだといわれています。

鬼怒川温泉の歴史を感じるおすすめスポット2選

鬼怒川温泉には、徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を祀った日光東照宮や、日光に四八滝と言われるほど多くの滝の中で最も有名な華厳の滝があります。

ここからは、その2つのスポットを紹介します。

徳川家康が祀られる世界遺産「日光東照宮」

日光東照宮は、栃木県日光市にある神社で、江戸幕府初代の将軍である徳川家康を神格化した東照大権現を祀神としています。

全国の東照宮の総本社でもあり、久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)と上野東照宮と共に三大東照宮のひとつにされています。

また、本来の名称は「東照宮」ですが、他の東照宮と区別するために「日光東照宮」と呼ばれることが多くなっています。

現在の社殿群は、ほとんどが寛永13年3代将軍家光による「寛永の大造替(かんえいのだいぞうたい)」で建て替えられたものです。

境内には国宝8棟や、重要文化財34棟を含む55棟の建造物が並び、それらは全国各地から呼び寄せた名工により建物の漆や極彩色(ごくさいしき)が施され、柱には多くの彫刻が刻まれています。

<施設情報>
・住所:栃木県日光市山内2301
・電話番号 :0288-54-0560
・営業時間 :AM8:00~17:00

日本の滝百選にも選ばれた「華厳の滝」

8世紀後半、勝道上人(しょうどうしょうにん)が日光山(男体山)に登拝する際に発見したのが、この「華厳の滝」です。

天台宗の五時八教説(ごじはっきょうせつ)の中の「華厳経」と呼ばれる華厳の滝仏教経典から名付けられたといわれている「華厳の滝」は、四十八滝(しじゅうはちたき)と言われるほど滝の多い日光のなかでも特に有名な滝となっています。

この華厳の滝が観光地とされるようになったのは、1900年(明治33年)に星野五郎平(ほしのごろうべい)が、7年もの歳月をかけて滝壺近くに茶屋を開き、滝を間近に見られるようになったことが始まりです。

そんな華厳の滝は高さが97メールあり、岸壁を一気に落下する壮大な眺めは、自然が造った雄大さと華麗な造形美の両方を楽しむことができます。

また、観爆台にはエレベーターで行くことができ、そこから眺める滝つぼは迫力満点で、爆音とともに水しぶきが弾ける様を見ることができます。

華厳の滝は5月には鮮やかな新緑が、6月にはたくさんのイワツバメが滝の周辺を飛び回るのが見られます。また1月~2月には一二滝と呼ばれる細い小滝が凍り、滝全体がブルーに彩られる四季折々の全く違った風景を見ることができます。

<施設情報>
・住所:栃木県日光市中宮祠
・電話番号 :0288-55-0030(華厳滝エレベーター)
・営業時間 :3月~11月(8:00~17:00)12月~2月(9:00~16:30)