海中に湧いた熱海温泉の歴史に迫る!多くの偉人に愛された理由はどこにあるのか

更新日:2021年4月19日

レトロな街並みが広がる静岡県にある「熱海(あたみ)温泉」は、多くの歴史的な偉人たちが訪れた人気の温泉地です。熱海温泉は、なぜ多くの偉人たちに愛されたのでしょうか。熱海温泉の起源やその名の由来、そして歴史的な出来事からその理由を紐解いていきましょう。

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開湯1500年以上!人気温泉地・熱海温泉のはじまり

熱海温泉の始まりは約1500年も前のこと

都内からもアクセスしやすい「熱海」は、静岡の人気温泉地の一つです。

そのはじまりは、約1500年前にさかのぼり、仁賢(にんけん)天皇の時代が起源とされています。

海中から湧き出た熱湯を村の住人が見つけたことで、熱海温泉が誕生しました。

その後、江戸時代の将軍で知られる徳川家や名だたる文人墨客(ぶんじんぼっかく:詩文や書画にすぐれ、風雅を楽しむ人のこと)がお忍びで足を運んでいたと言われています。

熱海温泉の由来は熱い海がきっかけ

熱海温泉のはじまりは、海中から熱湯が噴き出したことがきっかけでした。

熱湯が噴き出たことで海の温度が一気に上昇し、多くの魚が焼け死んだと言われており、これを見た近郷の者が「熱海」と名付けたという説があります。

また「熱海」と言われる前には、「あつうみが崎」と呼ばれており、それが転じて「熱海」と称されたとされています。

 

◇不漁に苦しむ漁民を救うべく源泉を山里へ移したという一説も 

熱海といえば、海が目の前に広がる地域であるため、漁業が盛んな場所です。

しかし海中から熱湯が噴き出たことで不漁が続き、漁民にとって大きな被害を受けていました。そのため、箱根神社を建立した万巻上人(まんがんしょうにん)によって源泉を山里へ移したという一説もあります。

このことは、1830年に山東庵京山(さんとうあんきょうざん)によって書かれた「熱海温泉由来」にも記されていると言われています。

ブームは「江戸時代」から!多くの偉人にも愛された温泉地

熱海温泉は、多くの歴史的な偉人たちが訪れた温泉地としても有名です。では、どのような偉人たちが訪れたのでしょうか。

徳川家康は関が原の合戦前に入湯

熱海温泉を愛した歴史的な人物といえば、天下統一を成し遂げた江戸時代将軍「徳川家康」です。

家康は天下分け目の戦いとも言われる関が原の合戦前に熱海温泉で入湯したとされ、温泉のパワーをもらったことで勝利したとも言われています。

戦国の乱世が終わる頃には、将軍や大名、武士だけでなく農民や商人たちも入浴に訪れ、病気を治す湯治場として全国的に知れ渡りました。

養地として様々な人物が訪れた温泉地

熱海温泉は、徳川家康だけでなく、その後も多くの偉人たちが訪れた温泉地です。

太宰治や三島由紀夫などと言った文学者や伊藤博文などの財界の著名人なども保養地として、お忍びで訪れていたと言われています。

また、都心から近いことから、別荘地としても人気を集めていました。

新政府の重要な会談場所に使われていた歴史も

熱海は、立憲政治や明治憲法などの新政府にとって重要な話し合いを行う会談場所として使われていたという歴史があります。

伊藤博文をはじめとして黒田清隆や大隈重信、井上馨(いのうえかおる)らが集まり、「熱海会談」を開いていたと言われています。

また、政治的な話し合いだけでなく、北海道開拓などに関する議論なども行われており、新政府の要人たちが集まる場所としてとても重要な場所であったことがわかります。

日本初がたくさん!熱海温泉の歴史的な出来事

熱海温泉は、温泉に関わる「日本初」の歴史的な出来事が多い場所です。

どのような出来事があったのか、歴史の流れとともに見ていきましょう。

明治7年:西洋式温泉分析報告書

熱海温泉は、日本で初めて「西洋式温泉分析報告書」を作った温泉地です。

温泉分析書とは、簡単に言えば温泉のプロフィールのようなもので、温泉法によって定められた温泉の成分や禁忌症、および入浴または飲用上においての注意事項などが書かれたものです。

明治16年:温泉に関する取締規則の制定

熱海温泉は、お隣の「修善寺(しゅぜんじ)温泉」とともに日本初の源泉などの温泉に関する取締規則を制定された温泉地となっています。

また、温泉場や源泉の管理を行う組合・取締所を作り、温泉に関するルールが設けられました。

明治18年:温泉療養センター「噏滊舘」の設立

岩倉具視(いわくらともみ)によって明治18年に作られた温泉療養センター「噏滊舘(きゅうきかん)」は、ドイツの気圧吸入器が設置された医療施設です。

医師も常勤させ、当時としては最新式の施設として知られていました。不治の病とも言われた結核にも良いとされていた熱海温泉の湯治場としても有名だったと言われています。

現在はすでに建物そのものもなくなっていますが、古屋(ふるや)旅館内の噏滊舘(きゅうきかん)に設置されていた看板が展示されています。

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明治21年:温泉地初めての御用邸の建設

明治21年には、温泉地で初めての御用邸が建設されました。

この熱海の御用邸は、健康が優れなかった明治天皇の皇太子・明宮嘉仁親王(はるのみやよしひとしんのう:後の大正天皇)が寒さを避けるために造られた建物です。

現在は、取り壊されてしまいましたが、跡地には熱海市役所が建てられています。熱海市役所の入り口にある桜の木の下には、熱海御用邸に関する資料が設置されていますので、足を運んでみると良いでしょう。

昭和30年代:ハネムーンのメッカに

熱海温泉といえば、新婚旅行の代表的なスポットとしても有名です。アクセスのしやすさから戦後のハネムーンブームには、多くのカップルが訪れたと言われています。

昭和39年:東海道新幹線開通による客足の減少

東海道新幹線の開通により、東京から遠方の温泉地にも容易に出かけられるようになりました。、

そのため、以前に比べて熱海温泉への客足は減少してしまいました。

バブルの崩壊後には、休館する旅館が目立つようになり、町の寂れた印象から客離れが進むという悪循環に陥ってしまったと言います。

平成23年:東日本大震災を底に熱海復活へ

下火になりつつあった熱海温泉は東日本大震災を底に、立役者であるmachimori代表の市来広一郎(いちきこういちろう)氏や地元住民たちによって、街づくりが行われました。

地元を盛り上げるためのイベントの企画や熱海銀座商店街などの空き店舗を再生することで、東京からのUターン者や観光客が集まっていき、以前のような活気のある街へと変貌を遂げていきました。