温泉記号♨発祥の地【磯部温泉】源泉かけ流し|妙義山を望む碓氷川沿いの美人湯と磯部せんべいの旅
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湯あがり ぽか子
温泉大好き40年のベテラン。「一湯一会」を逃さないために、常に手ぬぐいを持ち歩いています。長年の経験で、お湯を触っただけで大体の泉質がわかる特技を持ちます。温泉好きが高じて、温泉ソムリエ・温泉観光アドバイザーの資格を取得。日本の宝である「温泉文化」を皆さんにお伝えできることが喜びです!
誰もが日常的に目にする「♨」——あの温泉記号が生まれた場所が群馬県にあります。
万治4年(1661年)、付近の農民の土地争いに際して江戸幕府が出した評決文の絵図に、湯気が立ち上る記号2つが描かれていました。
専門家の調査でこれが日本最古の温泉記号と確認され、磯部温泉は「温泉記号発祥の地」として知られるようになりました。
日本三奇勝のひとつ・妙義山を遠望する碓氷川のほとりに、その歴史ある湯は今も静かに湧いています。
目次
温泉記号発祥の地へ 碓氷川と妙義山の温泉街

出典:雀のお宿 磯部館
磯部温泉は、群馬県安中市の碓氷川沿いに広がる温泉地です。
JR信越本線・磯部駅から徒歩圏内という関東からもアクセスしやすい立地で、上信越自動車道・松井田妙義ICからも車で10分ほど。コンパクトな温泉街を歩いて回れるのが魅力のひとつです。
天明3年(1783年)の浅間山大噴火で湧出量が飛躍的に増したとされるこの温泉は、中山道を往来する旅人の湯治場として栄えてきました。
明治時代には外務大臣・井上馨が第一の静養地として別邸を構え、ドイツ人医師ベルツ博士が「万病に効く」と絶賛したほどの名湯としても名を馳せました。
温泉街には「磯部詩碑公園」があり、日本最古の温泉記号の石碑とともに、往年の文人たちの詩碑が点在しています。
愛妻橋・鉱泉橋からは妙義山の奇峰が一望でき、橋のたもとには足湯も整備されています。
舌切雀・室生犀星・北原白秋 文人が愛した磯部の風土

出典:雀のお宿 磯部館
磯部温泉は日本の民話「舌切雀」発祥の地とされています。
明治の文学者・巖谷小波がこの地をその舞台と称したことに由来し、「舌切雀のお宿 ホテル磯部ガーデン」「雀のお宿 磯部館」など雀にちなんだ宿名が今も残ります。
室生犀星・北原白秋・萩原朔太郎といった大正・昭和を代表する文人も磯部温泉を愛した一人で、温泉街に残る文学碑がその縁を今に伝えています。
また大手拓次、北原白秋の三羽烏とも呼ばれた詩人は磯部温泉の旅館の出身です。
温泉と文学の香りが重なるこの地は、ゆったりとした時間を求める旅人に、静かな深みをもって応えてくれます。
鮎・鉱泉豆腐・磯部せんべい 鉱泉水が生む名物の数々

磯部温泉の湯は飲用・料理にも使われており、鉱泉水から生まれた名物が旅の楽しみをさらに広げてくれます。
「磯部せんべい」は小麦粉と砂糖だけを鉱泉水で溶いて薄く焼き上げた煎餅で、明治18年の初代・大手萬平氏が開発した磯部土産の代名詞。
サクサクパリパリの軽い食感とほんのりした甘みが癖になり、温泉街には11軒ものせんべい店が軒を連ねます。
「鉱泉豆腐(ふわとろ豆腐)」は鉱泉水で煮込んだ木綿豆腐が溶けるようにやわらかくなる磯部ならではの湯豆腐で、文人たちが滞在中に好んだ味として今も受け継がれています。
食べ終えた後の汁まで飲み干すのが通とされ、胃腸にも良いとされています。
夏(6月中旬〜9月下旬)には碓氷川のほとりに「磯部簗」が設けられ、江戸時代から続く伝統漁法で獲れた新鮮な鮎を炭火で焼きながら川風を楽しめます。



