与謝野晶子・川端康成が愛した【法師温泉】源泉かけ流し|日本唯一の足元湧出・鹿鳴館風大浴場「法師乃湯」
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湯あがり ぽか子
温泉大好き40年のベテラン。「一湯一会」を逃さないために、常に手ぬぐいを持ち歩いています。長年の経験で、お湯を触っただけで大体の泉質がわかる特技を持ちます。温泉好きが高じて、温泉ソムリエ・温泉観光アドバイザーの資格を取得。日本の宝である「温泉文化」を皆さんにお伝えできることが喜びです!
群馬と新潟の県境、三国峠のふもとに、明治時代からほとんど変わらない姿で湯煙を上げる一軒宿があります。
法師温泉・長寿館。鹿鳴館風の大窓を持つ明治28年(1895年)建築の大浴場「法師乃湯」は、浴槽の底に敷かれた玉砂利の隙間から源泉が自然湧出する、日本でも極めて希少な「足元湧出温泉」です。
生まれたての湯が絶え間なく湧き続ける浴槽に浸かった与謝野晶子は歌を詠み、川端康成は囲炉裏の前で言葉を紡いだ。
そのままの風景が、今もここに残っています。
上信越高原国立公園内、標高800メートルの山峡にひっそりと佇むこの秘湯は、「日本秘湯を守る会」の会員宿として、
自然湧出の源泉かけ流しを大切に守り続けています。
目次
与謝野晶子・川端康成・若山牧水 文人たちが詠んだ湯の宿

出典:法師温泉 長寿館
法師温泉・長寿館が温泉ファンのみならず、文学・文化を愛する人々をも引きつける理由のひとつが、その豊かな文人との縁です。
歌人・与謝野晶子は昭和6年(1931年)にこの宿を訪れ、大浴場「法師乃湯」の丸太の木枕にちなんだ歌を詠みました。
現在も本館には「与謝野晶子の部屋」が残り、彼女が実際に逗留した部屋で宿泊することができます。
ノーベル文学賞作家・川端康成もこの宿を愛し、囲炉裏の前で「山祈る太古の民の寂心 今日新にす法師湯にして」という一首を残しています。
玄関わきの囲炉裏は今も現役で、旅人同士が火を囲んで言葉を交わす「山の宿の社交場」として受け継がれています。
与謝野鉄幹・若山牧水・夏目雅子など、多くの文人・著名人がこの湯を訪れた記録が残り、宿の各所にその痕跡が感じられます。
昭和50年代には国鉄の「フルムーン」ポスターの舞台となり、高峰三枝子と上原謙が入浴する写真が全国に流れて一躍名が知られるようになりました。そのポスターは今も館内に飾られています。
みなかみの食の恵み 上州牛・上州麦豚とコシヒカリの山里会席

出典:法師温泉 長寿館
法師温泉・長寿館の夕食は、群馬県産の食材にこだわった山里会席です。
上州牛や上州麦豚、赤城鶏といった群馬ブランドの肉を使った料理が季節ごとに並び、みなかみの米作り名人から届く新鮮なコシヒカリが食卓を締めくくります。
山間の立地を生かした旬の野菜や山の恵みも豊富に使われており、素材の滋味をそのまま引き出した「体にやさしい料理」が旅人を喜ばせます。
宿オリジナルの日本酒「秋月」も好評で、熱燗で囲炉裏を囲みながら味わう一杯は格別です。
足元から湧く奇跡の湯 「法師乃湯」の源泉かけ流し体験

出典:法師温泉 長寿館
法師温泉の開湯は定かではありませんが、地形の特徴から約1,200年前と推察されており、弘法大師が巡錫の折に発見したと長寿館の公式サイトには記されています。
宿の開業は明治8年(1875年)。以来150年、自然湧出の源泉を守り続けてきました。
名物の大浴場「法師乃湯」は、明治28年(1895年)建築という130年以上の歴史を持つ和洋折衷の木造建築です。
ラウンドトップの大窓から差し込む光の中、浴槽の底に敷き詰められた玉砂利の隙間から源泉がぷくぷくと自然湧出しています。
浴槽は太い丸太で4つに仕切られ、それぞれ湯温が微妙に異なります。
加温も加水も循環もなし。
地底から直接湧き出した生まれたての温泉にそのまま浸かれる、国内でも極めて希少な「足元湧出の源泉かけ流し」です。
無色透明のカルシウム・ナトリウム硫酸塩泉は、アルカリ性でとろりとやわらかな湯触り。
入浴後5〜8分ほどで肌の皮脂や角質がゆっくりと溶け出し、すべすべの美肌効果が実感できます。
体温に近いぬる湯のためいつまでも入っていられる心地よさと、胎内に返るような温かさは、一度体験したら忘れられないと言われます。



