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新着記事源泉掛け流し
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竹久夢二が愛した【湯涌温泉】源泉かけ流し|加賀藩主御用達・養老時代から1,300年の美人湯と金沢の旅
养老2年(718年)、近郷の農夫が泉の中で一羽の白鷺が身を浸しているのを見て近づいてみると、湯が湧き出ていた。この白鷺伝説が、湯涌温泉の始まりです。石川県金沢市の東南部、浅野川の源流近くの緑深い山中に、「金沢の奥座敷」と称される湯涌温泉はひっそりと湯煙を上げています。江戸時代には加賀百万石・前田藩主とその一族が常用した御用達の湯として栄え、大正初期にはドイツで開催された万国鉱泉博覧会に当時の内務省から「日本の名泉」として推薦・出展されたほどの名湯です。そして大正時代には美人画の巨匠・竹久夢二が最愛の人・笠井彦乃を連れてこの地に滞在し、温泉街には今も「金沢湯涌夢二館」がその記憶を伝えています。
2026年4月25日 -
京の奥座敷・戦国武将が癒した刀傷の湯【湯の花温泉】源泉かけ流し|天然ラジウム温泉と保津川下りの旅
「千年の都・京の奥座敷」。亀岡市の観光案内にそう記される湯の花温泉は、嵯峨嵐山から保津川を遡った先、静かな山あいにひっそりと湧いています。戦国時代、傷ついた武将たちが刀傷を癒すため湯治に訪れたとの古文書が残るこの湯は、1955年(昭和30年)に源泉が再発見されて今日の温泉郷となりました。天然ラジウムを含む単純弱放射能泉は、やわらかな肌触りとミネラル豊富な泉質で「美人の湯」としても知られ、春は山菜、夏は鮎、秋は松茸、冬は丹波の地酒とぼたん鍋。京都の豊かな食文化と四季の自然が、温泉の旅をさらに彩ります。
2026年4月24日 -
東北最強の強酸性泉【須川温泉】源泉かけ流し|栗駒山に湧く毎分6,000リットルの乳白色硫黄泉と世界谷地原生花園の絶景
浴槽に足を入れた瞬間、肌がじりじりとピリピリする。岩手・秋田・宮城の3県にまたがる活火山・栗駒山(1,624メートル)の北麓、標高1,126メートルの高所に、東北で最も個性的な泉質を誇る温泉があります。须川温泉(須川高原温泉)pH2.2という強酸性の硫黄泉が毎分6,000リットルという驚異的な湧出量で自噴し続ける、東北随一の薬泉です。平安時代前期から1,100年以上にわたって湯治場として知られ、東北大学医学部が50年以上にわたって温泉治療研究を行ってきたという科学的な裏付けも持つこの湯は、全国的にも極めて珍しい「明礬・緑礬泉」(旧泉質名)の源泉かけ流しです。
2026年4月23日 -
醍醐天皇・後冷泉天皇が湯治した【柴石温泉】源泉かけ流し|別府八湯の秘境・平安時代から続く天皇の療養湯
別府と聞けば地獄めぐりや賑やかな温泉街を思い浮かべるかもしれません。しかし血の池地獄・龍巻地獄のほど近く、柴石川の谷間にひっそりと湯煙を上げる温泉があります。柴石温泉。寛平7年(895年)に醍醐天皇が、長久5年(1044年)に後冷泉天皇が、それぞれ病気療養のために訪れたと伝わる、平安時代から続く湯治の名湯です。別府八湯のひとつに数えられながら、観光化された温泉街とは無縁の渓谷の静寂の中、源泉かけ流しの湯を地元の人々と分かち合っています。
2026年4月22日 -
日本最古の洞窟露天風呂【壁湯温泉】源泉かけ流し|大分・玖珠川の岩壁に湧く秘湯「福元屋」
享保年間(1716〜1735年)、傷ついた鹿が町田川の川辺で湯浴びするのを見た猟師が、険しい岸壁に道をつけ洞窟に浴槽を造ったのが始まりと伝わります。大分県玖珠郡九重町、筑後川の源流・町田川に沿って走ると、川面に大きく迫り出した岩壁の威容が目に飛び込んできます。壁湯温泉。岩壁が「壁」のように迫り出した地形そのままに名づけられたこの秘湯は、300年以上にわたり足元の岩間から源泉が自然湧出し続ける、全国でも極めて希少な「足元湧出の洞窟露天風呂」です。仙女が住み、夜明けに身を清めて昇天したという伝説から「仙洞温泉」とも呼ばれるこの地で、「日本秘湯を守る会」の会員宿・福元屋が明治40年の創業以来、その湯を守り続けています。
2026年4月21日 -
住吉大明神の神授の湯【長門湯本温泉】源泉かけ流し|山口県最古600年の湯と音信川そぞろ歩き
「山の奥に温泉を出しておきましたので、ご利用ください」。今から約600年前の応永34年(1427年)、大寧寺の定庵禅師が座禅を組む中、住吉大明神からのお告げによって発見されたと伝わる長門湯本温泉。山口県内でもっとも古い歴史を持つこの温泉は、江戸時代には長州藩主・毛利公も湯治に訪れ、「神授の湯」として代々大切に受け継がれてきました。深い緑に包まれた音信川(おとずれがわ)のほとりに旅館やカフェが連なる温泉街は、2020年のリニューアルで「オソト天国」をテーマに生まれ変わり、川床テラスや飛び石、竹林の階段など、そぞろ歩きの仕掛けが随所に散りばめられています。そして温泉街の中心に鎮座するのが、岩盤から湧き出す源泉を目で見ながら入浴できる、全国でも極めて希少な立ち寄り湯「恩湯(おんとう)」です。
2026年4月20日 -
与謝野晶子・川端康成が愛した【法師温泉】源泉かけ流し|日本唯一の足元湧出・鹿鳴館風大浴場「法師乃湯」
群馬と新潟の県境、三国峠のふもとに、明治時代からほとんど変わらない姿で湯煙を上げる一軒宿があります。法師温泉・長寿館。鹿鳴館風の大窓を持つ明治28年(1895年)建築の大浴場「法師乃湯」は、浴槽の底に敷かれた玉砂利の隙間から源泉が自然湧出する、日本でも極めて希少な「足元湧出温泉」です。生まれたての湯が絶え間なく湧き続ける浴槽に浸かった与謝野晶子は歌を詠み、川端康成は囲炉裏の前で言葉を紡いだ。そのままの風景が、今もここに残っています。上信越高原国立公園内、標高800メートルの山峡にひっそりと佇むこの秘湯は、「日本秘湯を守る会」の会員宿として、自然湧出の源泉かけ流しを大切に守り続けています。
2026年4月19日 -
河童伝説と日本三大霊場【奥薬研温泉】源泉かけ流し|日本三大美林のヒバ林に湧く1,100年の秘湯「かっぱの湯」
青森県下北半島の奥地、津軽海峡に注ぐ大畑川の上流に、1,100年以上前から湧き続ける秘湯があります。奥薬研温泉。その名の由来は、恐山を開いた慈覚大師円仁が道に迷って大怪我を負った時、河童が現れて湯に浸からせ、翌朝には傷がすっかり癒えていたという伝説にさかのぼります。以来「かっぱの湯」と呼ばれてきたこの露天風呂は、源泉100%かけ流しで今日も大畑川のほとりに湯を流し続けています。日本三大美林のひとつ「ヒバ林」に包まれた薬研渓谷の深い緑、比叡山・高野山と並ぶ日本三大霊場・恐山の荘厳な空気、そして本州最北端に水揚げされる大間のマグロ。北半島の旅の最奥に、この小さな秘湯は旅人を待っています。
2026年4月18日 -
林芙美子・吉川英治・横山大観が愛した【角間温泉】源泉かけ流し|室町時代から湧く文人の湯と3つの外湯めぐり
渋温泉や湯田中温泉が賑わいを見せる国道の向こう側、角間川に沿ってひっそりと湯煙を上げる集落があります。長野県山ノ内町・角間温泉。室町時代に浄土真宗の高僧・蓮如が発見したと伝わるこの湯は、江戸時代には松代藩の宿としても使われ、小説家の林芙美子が戦時中に疎開して作品を生み出し、吉川英治が執筆のために逗留し、横山大観がアトリエを設けた。数多くの文人墨客に愛されてきた湯治の名湯です。木造の小さな旅館が数軒、その中央に共同浴場の「大湯」、宿と宿の間に「滝の湯」「新田の湯」が並ぶだけの静かな集落。源泉かけ流しの熱い湯が溢れ続けるその風景は、まるで時間が止まったかのような、失われかけた湯治場の原風景です。
2026年4月17日 -
炭酸体感日本一【七里田温泉】源泉かけ流し|弥生時代から湧く「ラムネの湯」と久住高原の絶景を巡る旅
湯船に入った瞬間、全身に銀色の泡がまとわりついてくる。大分県竹田市久住町、くじゅう連山の南東麓に広がる久住高原の田園地帯に、その体験を求めて全国から温泉ファンが集まる温泉があります。「炭酸体感日本一」とも称される「七里田温泉」の「下ん湯(ラムネの湯)」です。弥生時代の古い記録にもその存在が刻まれ、460年前には岡藩の殿様も入ったと伝わるこの源泉は、加温も加水も一切せず、湧き出た天然の炭酸泉をそのまま源泉かけ流しで浴槽に注ぎ続けています。湯量毎分200リットルという豊富な自噴泉から生まれる、ソーダのようにシュワシュワと弾ける湯の感触は、一度体験したら忘れられないと言います。
2026年4月16日 -
冷泉と薪ストーブサウナ、江戸末期から続く逆サウナ体験【寒の地獄温泉】源泉かけ流し
「寒の地獄」 その名前を聞いただけで、ただならぬ予感がします。大分県玖珠郡九重町、標高1,100メートルの飯田高原に、江戸末期・嘉永2年(1849年)から湧き続ける冷泉があります。源泉温度はわずか13〜14℃。真夏でも体感はほぼ0℃に近く、冷泉に浸かるたびに震えが止まらなくなる。その「地獄のような冷たさ」が名前の由来です。日本百名道・やまなみハイウェイ沿いの一軒宿「山の宿 寒の地獄旅館」に受け継がれてきた、冷泉と温泉の交互入浴という伝統の湯治法。毎分2トン超という全国屈指の豊富な湧出量を誇る源泉かけ流しの秘湯は、温泉ファンの間で「一度は経験すべき大分の奥座敷」として長く語り継がれてきました。
2026年4月15日 -
香川県最古の湯【塩江温泉郷】源泉かけ流し|行基・弘法大師ゆかりの「べっぴんの湯」と讃岐の奥座敷を巡る旅
香川県高松市の南端、讃岐山脈の山懐にひっそりと湧く温泉があります。奈良時代の高僧・行基が発見し、その後弘法大師空海が万人に湯治を勧めたと伝わる塩江温泉郷。開湯から約1,300年。香川県内で最も古い歴史を持つこの温泉郷は、「讃岐の奥座敷」「高松の奥座敷」と呼ばれ、清流・香東川(こうとうがわ)のせせらぎとともに、今も旅人の心と体を静かに癒し続けています。高松空港からわずか約10分という抜群のアクセスながら、足を踏み入れると別世界のような山里の静寂が広がる。そんな二つの顔を持つ温泉郷です。
2026年4月14日
