文人墨客に愛されたのはなぜか、与謝野晶子も訪れた三朝温泉の歴史に迫る

更新日:2021年5月10日

関東圏ではまだまだ知らない人もいる鳥取県にある「三朝(みささ)温泉」。日本百景にも選ばれた温泉街が有名な温泉地です。そんな三朝温泉のはじまり、そして歴史的にも名を馳せる文人墨客(ぶんじんぼっかく:詩文・書画などの風雅の道にたずさわる人のこと)たちに愛された温泉地とはどんなところなのか、歴史に沿ってその魅力をお伝えいたしましょう。

新型コロナの影響により、各施設の営業状況は変更の可能性があります。詳細は公式HPをご確認ください。らくらく湯旅では引き続き読んで楽しめる温泉情報を発信していきます。

開湯850年以上の三朝温泉のはじまりと由来

三朝温泉は、鳥取県内の年間入湯客数、第二位を誇る人気の温泉地です。

関西や中国地方では知名度の高い温泉地であり、趣のある温泉街の雰囲気がとても良いと評判です。

1164年に開湯!源義朝の家臣「大久保左馬之祐」が発見か

三朝温泉の開湯は850年以上前。源義朝の家臣「大久保左馬之祐(おおくぼさまのすけ)」が発見したという言い伝えがあります。

主家再興の祈願をするために三徳山(みとくさん)へと訪れた左馬之祐は、一匹の年老いた白い狼と出会ったと言います。

白い狼へと1本矢を放ちましたが殺すことを留まり、逃してやったそうです。その日の晩、白い狼の飼い主である妙見菩薩(みょうけんぼさつ、旧仮名遣:めうけんぼさつ)が夢に現れ、助けたお礼にと湯が湧き出る場所を教えたことにより、三朝温泉が見つかったと言われています。

◇出雲国風土記に記されていたという噂も

三朝温泉は、白い狼のお礼によって発見された説とは別に、平安時代の末期に見つかった「出雲国風土記(いずものくにふどき)」にも記されているようです。

出雲国風土記は、733年に完成し聖武天皇に奏上されたとしています。白い狼の説よりもはるか前に、出雲国風土記の作成を行った秋鹿郡(あいかのこおり)の人、神宅臣金太理(かんやけのおみかなたり)によって発見されていたのではないかとも噂されています。

病が消える温泉?三朝温泉の由来とは

三朝温泉の由来は、「三つ目の朝を迎えるころには病が消える」と言われるほど効用が豊富だったことから付けられたとされています。

三朝温泉の湯は、高濃度のラドンを含む放射能泉です。

放射線泉の適応症には痛風や高血圧症、慢性皮膚病、慢性婦人病などが挙げられ、免疫力や自然治癒力の向上が期待できる泉質となっています。

また放射能泉は、飲用や吸引することで抗酸化機能が高まり、老化や生活習慣病の予防にも役立つとされています。

このことから湯治場として昔から親しまれていました。

参考:温泉ソムリエ協会|第1章「泉質別効能と特徴 (9)放射能泉」
参考:三朝温泉公式サイト|三朝温泉の効能と歴史

与謝野晶子や島崎藤村も癒しの場所として訪れたことも

三朝温泉の開湯や由来についてご紹介してきました。そんな三朝温泉には名だたる文人墨客が多く訪れたとされています。

文人墨客たちは、筆を進めに来ることや癒しを求めて温泉地に訪れることが多いため、各地の温泉地に足を運んでいたことでも知られています。その中でも特に三朝温泉が愛されていた理由についてみていきます。

与謝野晶子や島崎藤村など数多くの文人墨客の癒しの場所に

与謝野晶子や島崎藤村など数多くの文人墨客は、この三朝温泉を癒しの場所として親しんでいたと言われています。

三朝温泉は、「浸かってよし・吸ってよし・飲んでよし」の三拍子揃った温泉として、多くの文人墨客たちを魅力していました。

なぜ癒しの場所として注目されたのか、その謎は泉質にあり

三朝温泉が癒しの場として注目された理由には、「ホルミシス効果」が関係していると言われています。

ホルミシス効果とは、大量に用いられた場合は有害になる物質も低濃度・微量に用いられた場合、有用な作用をもたらすという効果のことです。

このホルミシス効果は、三朝温泉の泉質である放射能泉に含まれるラドンの効果と言われており、このことから癒しの場所として名が知られたとされています。

◇1992年、ガン死亡率も全国の半分という結果も

世界屈指の放射能泉のある三朝温泉周辺に住む人々は、1992年に出された研究結果により、ガン死亡率も全国の半分という結果が出ています。

がん治療にも効果的と言われる放射線治療の一環にもなっている可能性があるということで、注目を集めています。

三朝温泉の歴史が辿れるならココへ!おすすめスポット3選

ここまで、三朝温泉の歴史を辿ってきましたが、そんな歴史を感じられるいくつかのスポットをご紹介します。

危険な国宝で知られる「三徳山三仏寺投入堂」

提供:三徳山三仏寺投入堂

日本一の危険な国宝として有名な「三徳山三仏寺投入堂(みとくさんさんぶつじなげいれどう)」は、1904年に「重要文化財」へ指定されています。

提供:三徳山三仏寺投入堂

三徳山三仏寺投入堂は、三仏寺の奥院として断崖絶壁の窪みの中に建造された建物です。日本建築史上、他に例を見ないほどの特異な建造物とも言われており、建築美の観点からも優れた作品と称されています。

提供:三徳山三仏寺投入堂

2015年には、三朝温泉と共に文化庁が認定する「日本遺産」の第1号として認定されました。

<施設情報>
・住所:鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
・電話番号:0858-43-0431
・営業時間:8:00〜15:00

登録有形文化財な宿で有名「木屋旅館」

三朝温泉といえば、美しい温泉街が有名です。

中でも「木屋旅館(きやりょかん)」は、明治元年創業の古い歴史を持つ温泉宿。その歴史を物語る建物は、登録有形文化財にも指定されています。

三朝温泉が温泉地として栄えた始めた頃、いち早く温泉旅館として人気を集めた宿です。

趣のあるな木屋旅館は、外観だけでなく、内装の作りも時代の流れが止まったようなレトロな造りが広がっています。

また木屋旅館は、宮沢賢治のゆかりの宿としても知られています。

宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」に出てくるカムパネルラのモデルは木屋旅館の女将の父親とも言われていることから、宮沢賢治ファンからも親しまれている宿です。

<施設情報>
・住所:鳥取県東伯郡三朝町三朝895
・電話番号:0858-43-0521
・営業時間:11:00~15:00(日帰り入浴)

三朝温泉へ足繁く通ったと言われる与謝野晶子の「歌碑」も

三朝温泉の三徳川にかかるかじか橋の中央部には、与謝野晶子が残した「歌碑」があります。

さまざまな温泉地に歌碑を残している与謝野晶子は、夫である与謝野鉄幹(よさのてっかん)と共に全国の温泉地で夫婦歌会を開催したほどの温泉好きでも知られています。

この歌は、三朝温泉にある岩崎旅館という老舗旅館で時を過ごしながら詠んだと言われています。

岩崎旅館もまた、多くの文人墨客に愛された宿の一つなので、与謝野夫婦の足跡を辿るのにおすすめの宿です。

<施設情報>
・住所:鳥取県東伯郡三朝町 三朝温泉周辺
・電話番号:0858-43-0431
・営業時間:24時間

登録有形文化財や国宝など日本の歴史が眠る「三朝温泉」で癒しの旅を

今回は鳥取県にある「三朝温泉」の歴史についてご紹介してきました。

開湯以来、効能の高い泉質で有名なことで知れ渡り、多くの文人墨客や著名人が訪れていた温泉地です。

現在もなおその歴史を感じられる登録有形文化財や国宝などのスポットもたくさんあります。

三朝温泉へ足を運んだ際は、ぜひ歴史的観点からも三朝温泉を楽しんでみてはいかがでしょうか。